地口行灯(じぐちあんどん)
「地口」というのは、俚諺や俗語(日常の話し言葉)などに同音または音声の似かよった別の語をあてて、違った意味を表す洒落のことで、言ってみれば語呂合わせです。この地口を記した行灯を「地口行灯」と言いますが、その多くは戯画(今風に言えばマンガでしょう)を描き加えて祭礼などに路傍に立てました。
江戸の宝暦、明和の頃に流行しましたが、今でも浅草の伝法院通りの商店街や綾瀬稲荷で見ることができます。静岡の三島商店街では近年、地口の一般公募で古き良き時代を偲んでいるのはうれしいことです。
地口には「元句」というのがあって、これをいかに洒落るかが勝負です。
例えば、元句が「裸でかっぽれ」に対して「裸で田っぽれ」と語呂を合わせ、戯画は裸の男が田を掘っている姿になっています。
元句が「縁の下の力持ち」の地口は「えんましたの力
持」で、閻魔様が舌を出して漬け物石をぶら下げている絵が描かれています。
「大酒飲み」を「大竹のみ」とし太い竹筒を飲み込む様を絵にしたり、「身から出た錆」の絵を見ると目から足袋が飛び出しています。
地口は「目から出た足袋」です。
まことに
他愛ないものばかりですが、こんなところに江戸庶民のささやかな楽しみがあったのではないでしょうか。
秀作に「玉あげがんほどき」があ
ります。元句は「玉あげがんもどき」で、戯画は三方(神仏にそなえる供物をのせる台)に玉をのせたのに向かって手を合わせて神仏に感謝している様子を表しています。
ちなみに「玉あげがんもどき」について、要らぬ説明ですが、落語「甲府い」が原点なのです。飲まず食わずの態で江戸に出てきた男が豆腐屋の夫婦に拾われ、一心不乱の働きが認められて主の一人娘を嫁にするこ
とになりました。江戸に出てくる時に願を掛けた身延山に夫婦で願ほどき(お礼参り)にでかける段、町内の衆が「どこ行くんでぇ」と問うのに答えて「甲府い」(とうふぃ)、「何しにいくんでぇ」「お参り願ほどき」(胡麻入りがんもどき) おあとがよろしいようで。